よしなしごと

21歳の大学生がお送りする駄文

怒りについて。雑文、結論はない。読んでも面白くない。

怒りという感情は果たして何なんだろうなと最近思う。ことの発端はあまりに個人的なことであるのでおいておいて、、まあ切れた彼女にビンタされたことである。なーにをそんなに怒っているのやら。まあ理由を聞いて理解はしたがそんなに怒ることかねと考えてしまった。火に油を注ぐ無粋な真似はしたくないからこれ以上何も言わなかったけれど。

 

さてさて私は怒ることがまずない。自分の人生21年を振り返ってみても本当に思い浮かばない、思い通りにならなかったことや、なんやねんこいつと思ったことはあるが、それを表に出したこともなければ、出したこともない。

 

なぜ自分が起こってこなかったかということを考えてみて真っ先に思い浮かぶ理由は、それがコスパ悪いからである。怒りを面に出して何になろうか。腹の立つ相手を殴ってやればスカッとするだろうが、一時ばかりの快感であり、あとあと面倒になる。

 

なぜ人は怒るのであろうか。一つの仮説というか理由として考えられるのは自分の大切にしていた何かを脅かされるからではないかと思う。例えば誇り。人に暴言や悪口を吐かれたことで怒るのは誇りを傷つけられたからなのではないだろうか。

 

もちろんそればかりではないが、しかし、それでもなお怒りを表出する行為の有用さはわかりかねるのだ。

 

私には大切にしていることはあるのか。ある。もちろんある。ものが多く散らばっている自室も自身の愛着の表れであろう。ものが捨てられない性分なのである。では自分が大切にしているものを損なわれたら怒るだろうか。腹は立てるだろう。しかし、そのような場面に遭遇したことがない気がする。

 

もう1点私は人と深く付き合うことがない。これに関してはあまり自覚がないのだが、たびたび人に指摘されるので多分そうなのだろう。よく面倒を見ていると自覚していたサークルの後輩に、先輩って人に対する興味ないですよね、と言われたときにはそれなりにショックを受けたものである。

それに関係することだが、私は人に期待することがない気がする。人に何かを頼むにつけてもすべてにおいて自分でやった方が確実であるという無意識な考えがあるために人に頼み事をすることもほとんどない気がする。だからこそ、裏切られたと感じることもほとんどないのである。

夏の幻想

就職活動中である。

 

募集の少ない出版業界に絞ってしまったため、かなりの苦戦を強いられている。

かなりの絶望感に苛まれながら毎日を過ごしている。

飲酒量も喫煙量も増え、暴食を繰り返し体重も見る見るうちに増えている。

本当に目も当てられないくらいのダメダメな生活を送っている。

 

さて、そんなことはどうでもよいのだが、先日ある企業の試験を受けてきた。

作文試験で、テーマはこの夏の暑さについてだった。

 

作文の出来に関してはどうでもよいので割愛するが、かなりの字数が指定されて早々に書くことがなくなった。そこからはとにかく妄想幻想あらゆる頭に移り行く事柄をそのまま書き尽くしたのであるが、筆を動かしながら考えたことがある。

 

それが夏の幻想についてである。

 

夏、幻想と聞いて白いワンピースを着た女の子の姿を思い浮かべる人はいないだろうか。麦わら帽子をかぶった。

 

夏のエモさの象徴として一定数の頭の中に住まう謎の少女。あれ何なんだろうか。

 

一種の青春コンプレックスだろうか。絵にかいたような理想的な青春を送れなかったコンプレックスが描いた幻なのだろうか。

 

夏のイメージと言われれば連想するものは多いだろう。例えば花火やプール、ラジオ体操、虫取りに夏祭り。風鈴や蚊取り線香etc.

 

これってどうも子供のころの景色だよなと漠然と考えるのである。

子供の頃の思い出がそのまま夏の風物詩としてイメージできるようである。

 

子供の頃の記憶ってどうにもあいまいで不確かなものである。

そんな不確かさの間に付け込むかのように夏の幻想は現れる。

 

夏という季節と幻想の相性の良さはこのようなところによるのではないだろうかと考えるのである。

もしかしたらこの暑さのために幻、幻覚の一つくらい見てもおかしくはないのだが。

 

しかしあの白ワンピの女の子は何なんだろうか。

 

共同幻想として人口に膾炙しすぎている感がある。

 

1つ考えた。あまりに自然なモチーフとしてたくさんの作品やイラストに出てきたことで、その中から白ワンピの少女という共通概念が抽出されたのかもしれない。

 

まあいいや追加で気になったことがあれば書こうかなと思う。ではでは

 

気になったことのメモ②AI元カノ、そして人間のコピー

 

前回同様ちょっとした理由があり、気になったことを文章として脳内で整理しておく必要があってこの記事を書いている。

 

news.livedoor.com

 

いや、すごいな、これ。別れた元カノのLINEのメッセージ履歴を学習させることで、元カノそっくりの返答をするAIを作ったらしい。

 

悲しきモンスターというのは記事でも触れられていた表現であるが、これゆくゆくは人間のコピーが作れるのではないだろうか。少なくともそんな未来を予感させられた。

 

www.u-tokyo.ac.jp

2日前(2024年6月26日掲載)の東京大学の記事。人の皮膚細胞から作成した”培養皮膚”を利用し、細胞由来の生きた皮膚を持つ顔型のロボットを開発したというニュース。動画を見るとまあ不気味である。ここで感じる不気味さは危機感と恐怖であろう......

 

人間的な返答をするAIを組み込んだ人の皮膚を持つロボットはもう人間と見分けがつかないのではないだろうか。さながらターミネーターである。

AIというのは人間が考えたらこうなるだろうという結果に酷似したアウトプットをするにすぎなかったが、それがいくら人間の模倣であっても、人間的な身体をからそれを発すればもう人間そのものである。

 

それは人間の存在意義の根本を揺るがすような事件であるような気がするのだ。

なんかディストピア小説っぽくなってきたなあ......

 

 

 

気になったことのメモ①タイミー的労働

これは人との会話やXないで見つけて、気になったことを記録しておくためのメモ程度のものであるため、自分以外の人間が読んでも大して面白みはないだろう。

 

母親との会話。

タイミーというサービスがある。わかりやすく言うなら、日雇い労働の掲示板といったところか。すごく使いやすく隙間時間で働ける。

私は、これをバイトのシフト入っていないけれど暇になってしまったときに使う、みたいな使い方が主流だと思っていたが、どうやら旅先で使うというやり方があるみたいだ。

 

なお、母親から聞いただけで裏は取っていないので詳しくは知らない。

しかし、少し調べてみるとタイミーで日銭を稼ぎながら日本一周の旅をしている人もいるそうである。

 

思い返すと『ハチミツとクローバー』で主人公が自転車で自分探しの旅に出たとき現地の職人のところで数週間働いたみたいなシーンもあったなー。

 

日本一周とか、確かに長旅をするとなると、資金繰り苦しいよなあ。

 

そもそもそんなんで思い出されるのはポケモンのサトシだよな。あの子どこから旅の費用出てるんだろう。ゲーム版見たく勝負で買ったらお金貰えるのかしら。

 

timee-travel.jp

↑こんなものもあるみたい。滞在費を賄いながら第二の故郷を見つけるという。

これうまく活用したら地方移住とか進みそうだよな。行政と手を組んで。

 

まあこんなところ。こんな雑記です。

消えゆく存在に思いを馳せる


最近空飛ぶ風船みない。遊園地とか行けばあるけれど、街で見かける機会はめっきり減った気がする。

最近ふと、小さいころ週末によく親に連れられたスーパーでよく浮かぶ風船を配っていたことを思い出したのだった。

私が小学校低学年くらいの時までは結構頻繁に配っていたような気もするがどうだったかしら。


幼稚園児の頃だったと思う。貰った風船を手に引いて上機嫌で親の運転する車で当時住んでいたマンションまで帰った。

マンションに着いて車を降りた瞬間に、小さく愚かな私は風船を放してしまった。高く高く上げっていく風船の赤い色彩をよく覚えている。

幼心に感じた唖然、絶望、無力。

幼かった私は大号泣で、部屋に戻っても泣き止まないほどであったが、そんな私に母は明日電車で探しに行こうか、と言ったのだった。


次の日電車に乗りこみ、2.3駅隣の急行の停まるそれなりに大きな駅まで向かった。

東京に引っ越してからは乗る機会のめっきり減った東武伊勢崎線
小学5年生の頃に東京スカイツリーができてからは東武スカイツリーラインという名称に替わったが、この時はまだスカイツリーの建設も始まっていない。

幼少期の思い出であるが、この電車での小旅行は結構鮮明に覚えている記憶の一つである。

ほんの数駅のわずかな移動であっても、小さな子供にとっては大きなお出かけだった。


さて、そんな小さな子供は、電車の先頭車両、運転席の前の窓から見える進行方向の景色に夢中になっているうちに、当初の目的は忘れてしまっていた。

電車を降りて駅にほど近いアパートの靴屋にあったガムマシンでガムを買ってもらったところで記憶は途切れている。


この頃。弟はまだ生まれていなかったし、父親は転職したばかりで忙しくしていたからずっと専業主婦の母親と二人だった。
なんかいろいろな記憶がよみがえってくるなあ……しみじみ
変わらないものはない。形あるものにせよ、不定形のものにせよ失ってしまったかつての姿を以てまた私の前に現れてほしい。
それができないから、今あるものの姿を切り取って保存したいという漠然としながらも鬼気迫る、強い思いに駆られる、。


ヘリウムガスで膨らませた宙に浮かぶ風船、屋上遊園地、駄菓子屋ここ最近なくなってきたものが思いのほか多いことに驚かされる。

まだ20年ばかりしか生きていない私であるが、私の子供の頃と今の子供ではその生活のあり方が大きく変わってきたのだろうと思う。
私にとって先にあげたものたちはノスタルジーを刺激される、いわば心の故郷のようなものである気がする。
そうしてそれらが少なくなればなるほどやはり郷愁が強くなるような気がするのだ。

歌舞伎知識ゼロだけどすごく楽しかった、というお話

歌舞伎を観てきた。

友人がチケットをもらったそうで一緒に行く人もいないから、とその恩恵に預かった形である。

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私は歌舞伎に関しての知識はまずゼロである。

去年だったか一昨年だったか忘れたが、これまた他からチケットをもらった母親と一緒に観に行ったが、その時も知識ゼロで観劇したものだった。

小中学校とかでは校外学習の一環で観にいくことも多いそうであるが、私の通っていた学校は歌舞伎ではなく能を観に行ったし、その能観劇ですら中学受験の日程と重なって行くことができなかった。

このようなわけで、人生2回目の歌舞伎である。

前回が明治座での観劇だったから歌舞伎座は初めて。

銀座駅直通で、幾度となく目にしていた荘厳な建物であったが、初めてその内部に足を踏み入れたのであった。

今回の演目は3本だて。

最初の2本はそこそこであったが、3本目に痛く感動したのでその感動の薄れないうちに記録しておこうと、今これを書いている。

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3本目の演目は「極付幡随長兵衛」

繰り返しになるが私は歌舞伎知識ゼロである。これから書く内容ももしかしたら的外れかもしれない。それでも責任は負うつもりもないので悪しからず。

このお話、どうやら結構有名な話だそうで。歌舞伎やら講談やらの演目として親しまれているそうな。

河竹黙阿弥の世話物ということ。

まあ流石に河竹黙阿弥くらい知っている。日本史の授業でやったので。

 

物語の始まりは劇中劇。狂言の観劇の場。

当時の劇場では人々が酒を飲ん飲みながら観劇していたそうで、客同士の諍い、舞台に上がろうとする酔っ払いなど、客トラブルが度々起こっていたようである。

今作も、始まりは花道で喧嘩する酔っ払い。仲介役が宥めるも甲斐なく、舞台は台無しになる。酔っ払いは白柄組の侍、江戸時代の旗本水野何ちゃらの家来である。

狼藉を働く白柄組の侍を諌めたのは主人公、 幡随長兵衛。見事な剣術で侍を叩き出す。しかし酔っ払い侍の頭領、水野何ちゃらもこの舞台を観ており、自身の顔を潰した長兵衛に対して恨みを募らせる。

 

幡随長兵衛は市川團十郎が演じていた。元海老蔵。客席の間を通って登場したのだが、たまたま通路側に座っていた私の真横を通った。その距離10センチくらい。びっくり〜

颯爽と私の横を駆け抜けていく團十郎、驚いたのはその匂いであった。

嗅いだことのないような匂いだった。観劇中は白粉か何かの匂いなのかしらと考えていたが、調べたところお香みたい。

まあどちらにせよ、結構衝撃的な登場で、一気に引き込まれたのである。

 

酔っぱらい乱入のシーン周辺はコント色が強く、客席からも笑い声が上がっており、和やかな雰囲気であった。

そして團十郎の客席からの登場は舞台と客席の境界を曖昧にするようであった。あたかも実際に客の1人が痺れを切らして立ち上がったかのような感じ。

夢の中で見た夢と、夢の境界が曖昧になるみたいな不思議な感覚…

 

さてさて、ということで長兵衛は帰宅する。

長兵衛は町奴の頭領。平和な世で不満のあまり横暴な振る舞いに走る旗本家らから町人を守るような人々らしく、旗本家から目の敵にされていたそう。

 

舞台のシーンで顔に泥を塗られた旗本水野は長兵衛を屋敷に呼び出し、殺害しようと企てる。

水野の家臣が長兵衛の自宅に赴き、長兵衛を自宅に招いた時点で、彼も自分が殺されるだろうことを悟る。

招待に応じなければ町奴の頭領としての面目が潰れることもあり、死を覚悟で呼び出しに応じる。

妻、幼子、子分たちとの別れを惜しみ、棺桶を水野邸に運び込むよう頼むなど、完全に死ぬ気である。

 

ストーリーを全く知らずにいた私はこの時点でハラハラドキドキである。

死なずに済むか、殺されたのち部下たちが仇討ちに燃えるか。

江戸の人は仇討ちもの好きみたいだし後者かしら、なんて思いながら、場面は変わり水野邸へ。

 

長兵衛をもてなす水野。油断させようとする作戦だろうが、人格者たる長兵衛は全く気を緩めることない。

木刀を持たせ長兵衛の剣の腕前を推し量る水野。これはなかなか手強いかもしれないと悟り、無理やり風呂に入るよう勧める。

風呂場で無防備になったところを襲うのは明らかである。

しかし、断りきれない長兵衛。予想通りに風呂場で長兵衛に襲いかかった水野の家臣らを楽々倒したものの、槍を持った水野本人と、水野の友人(名前は知らん)に追い詰められる。

棺桶を持った長兵衛の子分が到着したとのことで、殺すには惜しい潔さだと感心した水野。

 

しかし、水野は長兵衛にトドメを刺すのだった。

 

うっそマジで!トドメ刺すの!?

普通この流れ感心して仲良くなってって感じじゃないの?

 

呆気に取られながらもそのまま幕。

仇討ち編始まるかという微かな期待も虚しく、イヤホンガイドから流れる、そのあと水野は切腹を命じられ仇討ちはできないで終わったという解説。

最後の呆気なさに呆気に取られたが、しかし歌舞伎って面白いんだな〜と感じたお話でした。

 

ところで一緒にいた友人は一本目が終わったタイミングで映画観に行くわ〜と言って帰っていった。

まじかよ…勿体なさすぎる…超おもしろかたのに…

 

友人F

 どうやら信州に住んでいる友人Fが断食を始めたそうだ。人は7日間何も食わなければ餓死するというが、この言説に対して、彼は10日くらいなら行けるだろうということで検証してみようというのである。何も自分の身を持って実験するほどのことではないだろうと思うのだが、とにかくやってみせると宣う彼。今日がその3日目だという。

 面白半分でこの間名古屋で食べたあつた蓬莱軒のひつまぶしの写真で飯テロをしておいたが、まったく意に介さずといった感じであったからそれなりの覚悟があるのだろうか。

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 思い返すと彼は昔から変わった奴だった。

 中学2年生のころ京都に修学旅行に行ったのだが、2日目の朝時間通りに彼が宿の玄関に現れず、部屋にもいないということでちょっとしたパニックになっていた。私は隣のクラスであったから、対岸の火事であったが、彼と同じ班の班員はこのままでは出発できないと大慌て。 

結局、彼は部屋の押入れで眠り続けていたのであった。ドラえもんの気持ちが知りたくてとか言って。しかし、当時の担任にかなりの大目玉を喰らっていた。

大学に入った今も、大学のある長野県から東京の実家まで自転車で帰ったりしているから彼の変態生は健在である。

 昨年金沢に旅行に行った。中高の同期で私がパッと思い浮かんだ人間を誘って決行した無計画な旅だった。東京に住む私たち数人が車で松本駅で友人Fを拾って、金沢へ。

 金沢に行って最初に向かったのは百円ショップだった。同行の友人の1人が下着を持ってくるのを忘れた。金もないから100均に売っているような物で構わないとのことで最初に赴いたのだ。なんとなく手持ち無沙汰でおもちゃコーナーを彷徨いていた時サイコロを発見した。誰からともなくちんちろをやりたいと言い出したためにサイコロとお茶碗を購入。旅行中、会計のたびにサイコロの目で誰が奢るか決めようと......

 

 ふとこれを書きながら賭博って方で禁止されていたなあと思い調べてみたが、どうやら一般的な娯楽のために消費されるもに、一時の議楽を供するものをかけることは罪にならないそうである。そこには飯の奢りをかけるといったことも含まれるそうである、

 安心、安心。不用意に後悔してそれが炎上なんてしたらたまったもんじゃないですからね。ネットリテラシーが高くてよろしい。リスク管理もグッド。

 

 さてさてそんな経緯で突如始まったチンチロ旅。確率は収束するもので大勝ちしたものもいなければ大負けしたものもいなかった。強いていうならば私が一回の会計で一万円近く飛ばしたくらいか。脳汁は出たが、いざ文字化しようとすると当時の興奮はうまく表現できないものである。まあ楽しかったなあという自己満足な回想である。

 酒屋で日本酒をしこたま買い込んで宿に向かった。宿は金沢から遠く離れた能登地方、和倉温泉であった。5人の旅であったにも関わらず、観光シーズンでもなかったためか、大広間を客室として使っても良いというご厚意。温泉に食に色々と楽しんだ。

前日終電までバイト、そこから朝まで車で移動というハードなスケジュールのために疲労がピークに達しており、酒を少し飲んだところですぐに眠ってしまった。

 

 翌日目覚めると友人たちが大慌てしていた。いや、その騒ぎに起こされた。友人Fが泥酔してハンガーラックを小便器と勘違いしたという。唖然である。

 謝り倒し、清掃費を払って事なきを得たそうであるが(私は眠気覚ましで朝風呂にいっていた)、本当に迷惑どころの話でない。

 

 正月の能登地震で宿のあたりは大きな被害があったそうだ。テレビを見ていると当時宿泊した旅館の女将がテレビのインタビューに答えていた。また観光客が戻りはじめたくらいのタイミングでたくさんお金を使いに行くというのがせめてもの罪滅ぼしだろう。いや、別に私は寝ていただけで例の奇行に加担したわけでもなく、償う罪もないのだけれど。なんとなくうっすら感じる罪悪感。

 

 友人Fと宿...騒ぎの絶えない組み合わせである。

 宿関連の話を挙げるともう一件あるのだが、この件はいつか気の向いたときに書くかもしれない。